嫌いな学校に頼らなくてOK! 不登校、高校中退を経て教員になった私の考え

「もう、学校には頼れない」不登校、高校中退経験のある元教員が考えた、これからの学校との付き合い方

学校が嫌いなのに、なぜ教員になったか

学校の先生に、「なんで先生になったの?」って聞くと、

「学校大好きだったから先生になりました!」

って答えが返ってくることが多いと思います。

でも、私は逆です。

学校も先生も好きでなかったから、教員になりました。

 

小学校の担任から心が離れていく子供たち

小学校高学年のクラスは荒れていました。

担任は若い男の先生。

先生は「みんな僕について来い、飛び出せ青春!」みたいなクラスづくりをしようと必死。

最初は良かった。

けれどだんだん、子供たちは一人、また一人と白けていきました。

 

子供の心がわからない自己中な担任

一言でまとめると

担任は、子供の気持ちを読もうともせず、タブーばかりやってしまった。

たとえば

・クラス全体の前でデリケートな喧嘩の仲裁をする。

・個人の問題をわざわざクラス全体の話し合いにしてしまう。

・子供同士の関係が悪くなる。

・そのフォローにまた禁じ手。

・あーマジ信用できない、、となる。

 

担任のトンチンカンっぷりに嫌気がさす

クラスが崩壊しきった5年生の冬、クラスでこんな話し合いが持たれました。

 

担任「先生のどこが嫌かみんな言ってごらん」

 

私はこう言いました。

「どこがじゃなくて、毎日の積み重ねですっかり嫌になった」

 

担任はなんと、こんな返事をしました。

「それはおかしい、君は僕が〇〇ちゃんをひいきしてるのが嫌なんだろう」

 

その返事に私は驚きました。

ちがうよ先生、そんなこと思ってない。

あなたのこの数年の毎日の発言、毎日の行動のどれもが

私たちにとってどれほどストレスとなって積もっているのか、まだわからないの?

何か一つのことでいきなり嫌いになるんじゃないんだよ!

 

「嫌われ者はあの子ね!」中2、クラス替えをしてすぐのこと

中高一貫の私立に入学。

実はここが高校中退への始まりでした。

 

中2、クラス替えをしてすぐの委員会決めでのこと。

中高の図書委員会は、放課後遅くまで残らないといけなかっため人気がなく、

もちろん立候補は誰もいない。

時間ばかりが過ぎたころ、担任の先生はついに

「じゃあ誰かを推薦して」と言いました。

しかし、女子校なのでお互い嫌われたくなく、しばらくシーンとした時間。

 

そこへ突然、友人(と思っていた)が私を指さし

「やりなよ、先生、〇〇(私)がいいと思いまーす!わー、決まり!」

というまさかの一言。

後から分かったのですが、彼女は私を前々から嫌いだったようです。

 

一瞬にしてクラスの空気が変わったことを私は察しました。

「あの子にしよう」という雰囲気。

「あの子ね、あの子なのね」という眼。

そして何よりも怖かったのは

「見つけた」というクラス全体の空気感。

 

この日を境に、クラスでの生活がしづらくなったのは言うまでもありません。

挽回?難しいよ!

 

何事もなかったかのようにふるまう先生

担任の先生は、困ったようなほっとしたような顔で

「じゃあ、いいですね」

 

もちろん、委員会なんか何をやったっていい。

しかし何でもない委員会決めが

「今年の生けにえ決め大会」となってしまうことを、担任はどう思っていたのか。

ちなみにその後も、何か決めごとがあるたびに

「じゃあ推薦して」は繰り返されていました。

 

子供の人間関係なんて、大人の手一つでどうとでもなる

というのが私の持った感想です。

お互いを知らない中で他薦なんて、なんの意味があるのか。

もしかしたらこれは何か先生の作戦なのか?

ねらってやっているのか?

という思いになっていきました。

同時に、私が担任ならどうするか、と思いをめぐらすことも多くなりました。

 

ついに高校中退へ

中3、高1と同じことが繰り返され誰かが泣きそうな顔をするたび、心が痛みました。

もうスケープゴートになることはなかったし、笑顔で過ごしていたけれど

一刻も早くここから去りたかった。

中学の終わりから学校のある駅を電車でわざと通り過ぎたり、遅刻したりすることが

多くなっていた私は、高1の5月に、中退しました。

 

そして、教員の道へ。子供たちに自分のような思いをさせたくなかった。

1年弱学校へ行かなかったあと、新しい高校に入り直し、大学へ進学しました。

将来の夢は教員ではなかったけれど、

 

「正しく、強く人間関係を築く力は、担任の腕一つ」

「自分のような思いを子供たちにさせたくない」

 

という思いを捨てられず、公立小学校の教員となりました。